キーワード検索>
ホーム観光案内観光スポット・まつり中町こみせ中町こみせ通り歴史的背景と概要>変容と現状

こみせ通りの歴史的背景と概要【要約】


Ⅳ.こみせ通りの変容と現状

1.発生、形成、衰退
こみせ  江戸時代に形成され確立したこみせ通りは、最盛期には総延長4.8キロメートルにも及んでいましたが、明治以降、変容を余儀なくされました。火災で焼失したあと再建されなかった、鉄道網の充実により街道に人が集まらなくなった、車社会の発達のため道路の拡幅などが行われ取り壊された、などの理由により、こみせが姿を消していきました。
2.中町に存在し続けたこみせ
 中町周辺だけは、連続性を保ったまま保存され続けてきました。その理由として、中町にある商店の特殊性が挙げられます。造り酒屋、しょうゆ屋、米屋、呉服店、銭湯など、近代的な店構えにしなくても成り立つ業種が多かったということです。むしろ昔ながらの重厚な店構えであったほうが商売上有利だったのです。
 また、長年住み続けている世帯が多く共同体としての意識が高いことや、幼いころから当たり前に存在していたこみせに対する無意識の愛着なども、中町にこみせが保存されてきた要因と言えます。
3.こみせ存続のための動き
 昭和50年文化財保護法の改正により伝統的建造物群が文化財の種別に加わってから数年後、黒石でも保存調査報告書を作成しましたが、残念ながら、この時には伝統的建造物群の指定には至っていません。
 その後、中町においてもこみせを持つ伝統的な商家が次第に解体され、こみせ通りの連続性が失われていくことへの危惧が大きくなっていきました。貴重な文化資産であるこみせ通りを保存復原して行かなくてはならないという声が、住民だけでなく市民全体から聞かれるようになりました。
 平成元年、黒石市民のこみせに対する思いの強さを顕著に表した出来事が起きました。中町で長年商売を続けていた商家が土地をマンション業者に売却せざるを得なくなったときに、こみせ通りにそぐわないマンションの建設を阻止するべく、25名ほどの市民が協力して7000万円近くの資金を用意し、売却予定日の前日にその土地と建物を取得したのです。その後「こみせ駅」という名称で、津軽三味線の生演奏、みやげ物販売、蔵を利用した多目的ホール運営などさまざまな活動を展開してきており、中町の活性化と観光に大きな役割を果たしています。
こみせ通りの歴史的背景と概要
目 次
Ⅳ.こみせ通りの変容と現状【詳細版・PDF】
Ⅴ.こみせ通りのこれから

黒石市役所
〒036-0396青森県黒石市大字市ノ町11番地1号
Tel 0172-52-2111
Fax 0172-52-6191
開庁時間:午前8時15分~午後5時