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こみせ通りの歴史的背景と概要【要約】


Ⅰ.こみせ通りの歴史

1.「黒石津軽家」創立と町割り
 「黒石津軽家」が誕生したのは、江戸時代前期のことです。弘前藩第3代藩主・津軽信義の急死により、わずか11歳で藩主になった信政の後見役に命じられたのが信義の弟津軽信英(のぶふさ)でした。明暦2年(1656)、信英が弘前藩から5000石を分知され、黒石初代領主となりました。
 信英は、陣屋を造るとともに分知以前からあった古い町並みに侍町、職人町、商人町を加えて、新しい町割りを行いました。これが現在の町並みの基本になっています。
2.こみせ通りに関連する道路の変遷と商店街の移り変わり
 中町や前町は、こみせのある商店が立ち並び商業の中心として栄え、また、浜街道として多くの人々が集まる通りでもありました。
 しかし時代の流れとともに、商店街の中心は隣接する地区などに移ることになります。この要因として、大火事、道路や鉄道網の整備などが挙げられます。
3.こみせの建築年代
 商人町の大きな特徴であるこみせは、黒石初代領主・津軽信英が町割りをした際に奨励して作らせたと言われています。重要文化財の高橋家住宅が建築された宝暦13年(1763)頃には、中町にはこみせを持つ商家が立ち並んでいたようです。
4.こみせの権利形態
 こみせは、藩政時代には公有地に作らせたものであり、公のものとして扱われていました。その後、明治の地租改正時に私有地になりましたが、完全な私有財産になったにもかかわらず、人々の通行を妨げることなく公共の空間として、現在も存在し続けています。
こみせ通りの歴史的背景と概要
目 次
Ⅰ.こみせ通りの歴史【詳細版・PDF】
Ⅱ.「こみせ」とは

黒石市役所
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