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大審院刑事部長となった 宇野 要三郎(うの ようざぶろう)

父の死
 父は、1969(昭和44)年3月22日、91歳で亡くなりました。
 1926(大正15)年の祖父清左衛門の命日と同月同日でした。めずらしいことに母も7年後、1976(昭和51)年の同月同日に亡くなりました。


  
 要三郎は、亡くなる数ヶ月前、1枚の色紙に「八風不動天辺月」と書いた。世の中には人の心を扇動する八つの風がある。しかしそれらに迷わされることなく、天に浮かぶ月のように清く美しく、正しい道を歩む心が大切であるという意味である。人を裁く裁判官を志してその道一筋に歩き、ついに大審院刑事部長というわが国で最高位にあたる裁判官にまで到達した要三郎の生き方そのものを表わしている言葉であると言えよう。

   (執筆者 白戸順一郎)

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