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川柳王国青森の基礎を築いた 小林 不浪人(こばやし ふろうにん)

 「ねぶた」はその後、後藤柳允ごとうりゅういん(蝶五郎の長男)が中心となって編集し、柳允没後は中林瞭象なかばやしりょうぞう西谷東山にしやとうざんらの手に受け継がれ、現在も継続発行している。
 1954(昭和29)年1月19日、不浪人脳溢血のういっけつのため逝去せいきょ。62歳であった。

 青森県川柳人連盟は永くその功績を讃えるために昭和30年「不浪人賞」を制定した。

 私の好きな不浪人の句

   貧にいて子の素直さをさびしがり

   待って待って待って柳の芽をむしり

   母に似た声で喜ぶ女の子

   大吹雪後ろを向いたまま歩き


 川上三太郎は不浪人の死を悼み、追悼の句を詠んだ。

   なつかしや雪の中なる友の顔  三太郎

 (執筆者 蒔苗實)

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